社会ネタ
2010/2/12 8:38PM
どうも。
唐突ですが印鑑のお話です。
印鑑制度について、ほんのさわりだけ神と世界と絶望人間00-02で触れていますので、本ブログでも別の角度から書いておければなぁと。
印鑑制度というのは日本の極めて重要な制度であることは周知の事実です。
まぁこの制度について語り出すと、どこまでも長くなってしまいそうです。
ですからここでは、ぼく個人の話に絞ります。それでもたぶん長くなるので、興味ない方は引き返すのが良いかと。
実印――。
日本において、これが押印されていれば契約は正当なものになります。
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民事訴訟法
(文書の成立)
第228条
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
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では仮に争いになった場合、その印影がホンモノかどうか、誰が判定するんでしょうね?
誰かが判断できなければ、そもそもこんなシステム、土台からして意味ないじゃないですか!
みなさまご安心を。
歴戦の印鑑の鑑定士さんたちがしっかり制度を支えて下さっています。
契約社会の根幹を成すものが印鑑制度である以上、この鑑定士さんたちは、法治国家日本の重要な防壁をになっていると言えるでしょう。
ありがとうございます。
■民事裁判
さて、商売をやっていると、民事裁判というのは避けがたいものです。
しかし良いことなんてありません。
第一に、お金がかかる。
裁判に関する費用は、そりゃもう結構なものです。ぼくにはとても良い顧問弁護士さんがいるので、その点、良心的な対応をしていただけるのですが。
第二に、時間がかかる。
端金のために、数年越しの裁判なんてよくある話。日本で民事訴訟を起こすのは、極めてマゾヒスティックな行為です。争いの時間短縮という観点からすれば、やっぱり暴力団というのは日本社会にとって重要な存在になってしまうわけです。土地バブルの時なんて、銀行や上場企業だって暴力団に手っ取り早い解決をお願いしてたでしょ?
他にも嫌なことばかりで、数え上げれば切りがないわけですが。
それでも刑事事件化できないものは、世間的な名誉を守るために、どうしても裁判で白黒つけなくちゃならないこともあるものです。
■ある裁判の話
さて、ぼくが起こしたある裁判で、本来あってはならないバグが発生しました。
今回はその話を。
ぼく側が裁判所に提出した膨大な証拠書類の中で、とある契約書がありました。
ここでは契約書Aとします。
この契約書A、提出した証拠の中では大した重要性を持っているものではありませんでした。周辺証拠のひとつといったところでしょうか。まぁ提出せずとも良い程度の、比較的どうでもいい証拠です。
もちろん被告側はあれこれと反論してきます。
民事裁判では、でっち上げの反論や、手酷い相手への人格攻撃はよく見かける光景です。ぼくも酷い人格攻撃を受けましたが、それは日常風景なので。
その中で、
「ぼくが提出した契約書Aがニセモノであり、これは偽造によるものだ。こいつは偽造の常習犯であり、契約書Aを偽造するくらいはいつもやっていることなのだ」
という反論を受けました。とんでもない言いがかりですが、追い詰められた相手の反論としては、ままあることです。
この契約書Aは、誰が見ても正当なものでした。だから裁判所も、この相手の反論はほとんど取り合わなかったですし、ぼくの方も同じです。しかも、勝つために必須な証拠でもなかったので、重要に考えていませんでした。だいたい、相手の反論は百箇所にもおよびますから、そんなのをイチイチ取り合っていたら切りがないんです。
こっちとしては「誰が見たって本物に決まってんだから相手にしてらんねー」という感じですね。
■数ヶ月が経過
被告側は、この契約書Aに捺印されている実印がニセモノだという主張を繰り返しました。
被告側も契約書Aが重要な争点ではないことを重々理解していたのですが、ぼくに対する人格攻撃の一環として持ち出していたのです。
口八丁だけならどうということはないのですが――。
被告側は、印鑑鑑定士さんが作成した「印鑑鑑定書」なる分厚い書類まで添付してきやがったのです。
この印鑑鑑定書(印影鑑定書とも言う)では、契約書Aに捺印されている実印がいかにニセモノであるかということを、滔々と解説してありました。よくわからんのですが、いくつかの実験を繰り返して精密な鑑定をして、偽造印であるという結論に至ったそうです。
調べてみれば、この印鑑鑑定士はけっこう有名な方らしく、どうも印鑑鑑定という業界で相当重鎮らしいんですね。裁判所も利用する、とても実績ある方なんだそうです。テレビ局で事件の鑑定なんかをする際は、よく登場する方でもあるそうですね。
ぼくの方は、こんな周辺証拠に関わらずとも、裁判には勝てると踏んでいましたので、この反論を放置しました。
■2年ほど経過
裁判は、ぼく側が優勢でした。
反論できる余地がなくなってきた相手側は、この契約書Aの問題をしきりに取り上げ、激しい人格攻撃を繰り返してきます。契約書Aを争点にしようと必死だったのでしょう。
「実印が偽造であると断定した有名な鑑定士による鑑定書」がしっかり出ているわけで、戦術としては理解できますね。
この鑑定書通りだったとしたら、ぼくは「偽造を平然と行う悪辣な人間」になってしまうわけで、印鑑鑑定書にはそういう含みがあるわけです。
そしてある時、裁判所からこんな話をされました。
「契約書Aのことを被告側は激しく言ってるし、鑑定書まで出ているわけだから、そっちでも鑑定してみたら?」
裁判所から言われると、こちらも鑑定してみるしかありません。裁判官の心証を害すのは、百害あって一利なしです。
本当は嫌だったんです。
なぜって鑑定費用ってアホみたいに高いんですよ。裁判用の実印鑑定となると、たいてい100万円以上ですね。この契約書Aが重要な争点なら喜んで鑑定するのですが、どーでもいい部分に100万円以上かけろという。
裁判費用全体としてみれば大した出費じゃありません。でも、その内容に見合わないんです。
いくら分厚いといっても、定型フォーマットのような書類なわけです。
数時間で作れるような書類に、なんでそんな費用がかかるのかと。
時給いくらなんだと。
俺にも鑑定の仕事まわせよと。
まぁとにかく、鑑定することにしました。
相手側の鑑定書を書いてきた鑑定士は極めて実績ある人なので、鑑定書の格は、どうしても相手の方が上になってしまいます。
だから半ばどこでもいいやって気分で、興信所に依頼することにしました。
契約書Aは本裁判における重要な争点じゃなかったので、あくまで裁判官の心証を害さないことが第一ですからね。
印鑑鑑定は、鑑定士に直で依頼することもできますが、それとは別に興信所が窓口として請け負っています。協会に登録する興信所が仲介役を務め、実績ある鑑定士に回すわけですね。
ですから、知ってる興信所に鑑定を依頼し、お金だけ渡して任せちゃいました。裁判の細々した話なんて伝えません。ただ単に「契約書Aを鑑定してくれ。鑑定書は裁判に提出する」って伝えただけです。
興信所の職員は、「大丈夫、裁判に確実に勝てるよう有名な人に頼みますね」と言いました。
■鑑定依頼して2週間後
興信所から「鑑定書が完成しました」という話があったので、さっそく持ってきてもらいました。
見ると、やたらに分厚い鑑定書。
こういう鑑定書というのは、鑑定をした鑑定士の格こそがすべて。だから鑑定書の半分くらいは、鑑定士の経歴や実績を長々と語ったもので占められているわけです。
しかし……です。
どうも鑑定人の名前に見覚えがある。
みなさん、この話のオチは理解できましたね?
そう、同じヤツですよ。鑑定士が。向こう側と。
信じられますかこんな話。
もう何て言っていいか。
鑑定書は、いくつかの実験を駆使して「この契約書Aに捺印されている実印は本物です」という結論になっていました。本物であることは当たり前。こっちとしては裁判所から「やった方がいいんじゃないの?」と言われたんで、仕方なく鑑定しただけです。
弁護士先生と一緒に笑い転げました。
契約書Aを被告側が鑑定依頼したのは2年ほど前なんで、もう忘れちゃってたんでしょうね。あるいは興信所を通したから、気付かなかっただけかもしれません。日々たくさん鑑定書を作ってると、わかんなくなっちゃうんじゃないですか。
同じ鑑定士が、向こうの鑑定書では「契約書Aの実印が偽造」であると言い、こっちの鑑定書では「契約書Aの実印が本物」であると言うわけです。
しかもこの人、数万件の印鑑鑑定をしている人なわけで……。
■印鑑制度
鑑定士というのは資格が必要なわけではありませんので、経歴や実績がモノを言います。
鑑定業界で長年活躍してきた実績はもちろん、自分の研究分野で役に立つ博士号を持っていたり、膨大なテレビ出演暦があったりなどなど……。
だからこそ、有名な鑑定士になればなるほど、結果的に寡占化していきます。みんなが、「この鑑定士なら!」と頼むわけで、雪だるまのように実績が膨らみ、どんどん強くなっていきます。
だから実績ある有名な鑑定士というのは数少なく、重宝がられます。
契約書Aの鑑定をやってくれた鑑定士さんは業界で有名な人です。
しかし、ぼくとしては、この鑑定士さんに恨みもないですし、商売を妨害するつもりなんて毛頭ない。特定するようなことは控えます。強いて言えば「金返せ」ってところですかね。
まぁアレですね。
いかに印鑑制度というのが適当なものか、よくわかろうものです。これ以上の説明は不要なほどに。
当たり前っちゃ当たり前ですが、金さえ持ってりゃ正義なんざいくらでも作れるのが現実。
誰かから口伝えで聞いた話とかじゃありません。
ぼく自身の話なんですよ。
でもこれ、ほんの偶然が重なってしまったわけで、鑑定士さんには不運でしたね。2年くらい経っていたことや、興信所が間に入ったことなどがあり、ついつい気付かなかったレアケースなんだと思うんですよ。やっちゃいました。
だから本件、ぼくは鑑定士さんに同情的です。大して責めるつもりはないですし、正そうなんざサラサラ思いませんね。
でも、事実なんだからしょうがない。
もし諸々の利害関係者からいちゃもんをつけられたら、この記事の証拠を提出することができますよ。(必要があれば穏当にお話を聞きますし、いくらでも善処しちゃいます)
ただし、鑑定士さんに、ぼくは何も言っていないので知らないはず。
もしくは被告側が鑑定士さんに抗議したことも考えられますが……でも可能性は低いかなぁ。なぜなら常識的に考えればありえない事態なので、被告側としては、「ぼくが鑑定士に結構な金を積んで寝返らせ、結託した」という想像を働かせると思うのです。そのため、アプローチは控えるだろうと思えるんですね。
だからやっぱり、今に至っても鑑定士さんは気付いてもいないかと。
こういう根本的な部分をマスメディアが取り上げたりすることは皆無ですよね~。
こんな内容を放送したって、どうせ視聴者はすぐチャンネルかえちゃうでしょ?
あ、ちなみに、この裁判には勝ちました。
まともに考えちゃうと、もうメチャクチャ。
世の中なんて、断固たる決意で信じないのが一番です。
ゲラゲラ笑い飛ばしてやりましょう!
2009/9/8 9:19PM
まず報告。
ちょっとした小ネタは、月に2回くらい更新頻度を保てればと思っています。あるいは1回か3回か、それとも0回の月もあるかもしれないし、4回のこともあるかもしれない。話自体は書ききれないほど、いっぱいあるんですけどね。
ただし自営業ですから、超多忙な時期と、時間に余裕がある時期があります。ですから、更新の頻度には大きな波があります。立て続けに更新する時期もあれば、まったく音沙汰がない時期もあると思います。ご理解頂ければ幸いです。
◆雷撃☆SSガール
さて、『雷撃☆SSガール』が発売されてから幾らか経過したので、これを取り上げてみます。
(以下、SSガールと記述)
知り合い経由の読者から「これ、どこまで本当なの?」という質問をされました。質問者は結構ご立派なサラリーマンの方だったんですけどね。
なるほど、こいつは盲点でした。
そういう観点もあるんだなぁと思った次第。
ですから以下では、SSガールがどこまで事実に基づいていて、どこまで架空のものなのか、記述しておきたいと思います。
ただし、そんなことを考えながら読んでもらう必要はまったくありません。
あんまり深いことは考えず、気楽に読んでもらうのが一番かと。
今から書くことは、よほど事実の度合いに興味がある方向けの、少しばかりマニアックな答え合わせのようなものです。
普通は読んで頂く必要はない記事です。興味がない方は以下を読まないで下さい。あくまで余興です。
きちんと断言しておきます。
SSガールはほぼ現実に準拠しています。
もちろん細かい事柄については、勢いを優先させるために、嘘のアレンジを多々混入させている点は指摘しておかなくてはなりませんが。
ただし、大きな部分として2つ。
まず『SDI戦略防衛構想』については現実に即していない点が多く、『IQ教材』については補足しておかなくてはならない点があります。
それを、まずは指摘させて下さい。
◆SDI戦略防衛構想
まず『SDI戦略防衛構想』については、投稿前に大幅に原稿を端折ったために、この部分はかなりの割合で空想的な要素が含まれています。
本来は科学技術のうんちくを並べていたんですよ。しかし、やっぱり毛色が違うんです。社会の根源は金であり経済であり、科学技術はいささか路線が変わります。好きな人は好きなんでしょうが……メインストリームではありません。
しかもSDIをあれこれ書いていると、テンポが悪くなってしまう。あんまりこれ、本筋に関係なかったんですよ。
だから、バッサリと削ってしまいました。
すると、削ることで、全体の威力が上がったんですよね。猛烈っぷりが上がったといいますか。
細かいプロセスを、過激に吹っ飛ばしています。だからラピュタとまでは言いませんが、システムの構築過程に非現実的な要素がふんだんにあることだけはご了解ください。
もちろん、1986年に提唱されたSDIは技術的にクリア可能です。そして、あくまで大陸間弾道ミサイルを打ち落とすための構想であり、拠点攻撃を想定しているものではありません。
◆IQ教材
『IQ教材』は未だ誰も開始していないぼく独自の発想なので、現実を基にしていると言うには難しいところです。
これは、きちんとやれば売れると思いますよ。クソ胡散臭い情報商材みたいなものじゃなく、きちんと作って、適切なマーケティングを行えば、それなりの販売を見込めるでしょう。あんまりマーケティング予算に余裕がなくても、最初はアドワーズ広告だけで、ある程度までは持って行けるんじゃないかなぁ~?
ぼくは事業アイデアをベラベラと人に喋りまくる方なのですが、SSガール出版の半年前くらいに、この『IQ教材』もアイデアのひとつとして数人の実業家に話しています。だから誰か始めちゃうかもしれませんね。
ぼく?
ぼくはね~、あんまり乗り気しないなぁ。ぼくは中途半端な男なんですよ。
あんまり、こういう確信犯的なことを自分ではやりたくない。だから自分でやらず、こうやって公に書いてしまう。思い切れない。他人がやるならオッケーなんですけどね(笑)
もちろん、商売なんて性悪なものです。もっと悪辣なことをやっている悪党どもを、ぼくはたくさん知っています。善人を装って、人前では素晴らしい演説をかます人が、裏では目を向くような酷いことをやっているケースを、ぼくはたくさん知っています。
人間は悪だし、金に色はついていない。
それはわかってます。しかし、やっぱり思い切ることができないんですよ。半端な男なんです。なんだか人生に疲れちゃってね。ぼくがもし、そこまでしてお金を追い求める人間だったなら、きっと物書きなんてアホらしくてやっていないと思います(←悪意に取らないで下さいね)。
もし事業家で興味がある方がいらっしゃれば協力させてもらいます。連絡下されば。
利益が出た後で、成功報酬を幾らかくれればオッケーですよ。
もちろん公に書いてしまってるので勝手にやってもらって構わないのですが、役に立てると思います。少なくとも成功報酬以上の力にはなれるでしょう。
ちなみに、こうして書いちゃってるからといって、事業展開するには問題ないっすよ。1000万人がSSガールを読んでるわけでもなし、それに購買層が丸っきり違いますから。
以上2点、『SDI戦略防衛構想』と『IQ教材』についての補足です。
そして、これ以外はほぼ現実に基づいていると考えて頂いて差し障りありません。
SSガールに記述の内容を解説していければそこそこ面白い話になるかもしれないなぁと、今日思った次第。
以下では、ざっくりと、今思い出せる範囲で要点だけ書いてみます。
◆郵便ビジネス
これ、ある郵便事業のお話でちょこっと触れましたが、機会があればもうちょっと込み入ったことを書いてみたいです。
◆『作らないで売ってみる』マーケティング
これに近いマーケティング手法が存在しないわけではありません。
めちゃくちゃ儲けた知り合いがいるんですよ。どれほど凄かったか。まー、当たり障りない範囲になっちゃいますが、これもそのうち書いてみます。
これね、今でも出来ますよ。詳しいことはアドバイスできるので、事業やってる方は私まで連絡ください(笑)
◆東都出版
これ、まんまモデルがあるんです。もちろん名前は明かしませんが、担当さんにはちょこっとお話しました。本件、もう触れることはないでしょう。
出版業界どこも厳しいっすよ~。出版に限らずどこも厳しいんですが、とりわけ出版界は負のスパイラルに陥っている気がします。
作家ごとき分際だと、この辺なかなか提案したりできない部分です。まぁ出版界はみなさん基本的に優秀な方や高学歴の方が多いので、波風立てないように見てるだけになっちゃいますが。
モデルとなったところはまだ頑張っていらっしゃいます。ぼくとしても心から頑張って頂きたいです。借金取りが厳しいようです。
◆SSファンド
ITバブル華やかしき頃、SSガールに記載のような、
「予めファンドと企業が結託し、資金が逼迫している公開企業の大規模な増資を引き受け、キャッシュフローを増大させ、株価が暴騰したところで売り払う」
というファンドは日本にも数カ所ありました。SSファンドほど強烈ではないですけどね。
ここまでくれば、確信犯的インサイダーの世界です。普通の人には受け入れ難い世界かもしれません。
あるわけないって?
寝言を言っちゃいけない。世の中そんなもんでしょ~?
ただし、今もあるんですが、これだけ株価が低迷している情勢だと厳しいです。今のご時世は、キャッシュフローを増大させて企業を良く見せても、株価が上がらなくなってきてる。何をやっても株価がピクリとも動かない。こういう手法は、株式市場に資金が流れ込んでいる時期に有効ですね。
今のように株式市場に資金が集まらない時期には、別の手法が隆盛になってきてます。ひとつには株式の有利発行といわれるもので、公開企業側と結託して新株発行を仕掛ける手法があったりします。ざっとプレーヤーを見ていると、どうも元総会屋系統の方々が多いですね。さらに細かく見ていくと、色んな戦法がありますよ。
いずれ何かの機会に小説の題材にするかもしれないので、詳述は省かせてもらいます。
◆成功哲学
昔、金に困った時期、ゴーストライターをこなしてた時があったんですよ。ビジネス書が中心ですから、やっぱり内容は成功哲学に近いものなんです。要は、あの手この手で成功法則の亜流を書いていくわけです。大半の本はそんなもんでしょ?
正直ぼくにとって、こういうの書くのは凄まじく簡単です。角度を変えて幾らでも書けちゃいますね。色んな人の成功事例やケースを知ってるから、無理やり成功哲学に当てはめて書いちゃえば、見事にそれらしい出来映えになるもんです。微塵も心に思っていないことでも、びっくりするくらい生産できる。
それに、やっぱり読者の数は多いんです。みんな聞きたがってる。
ただねー、これ触れるかどうかは、いささか二の足を踏んでしまいます。ぼくのことをメチャクチャ嫌う人が出てくるはずなので、不用意なことは書けない。
なぜならこういうのは、心の問題です。強く信じる気持ちは人間の支えになることがありますし、それ無しで生きていけるほど強い人間は多くない。成功哲学が、その人の大切で切実な精神的支柱になっていることがあります。だから「あ、これ? 実はぼくがゲラゲラ笑いながらゴーストで書いたんです(笑)」なんて言った日には殺されかねない。
ビックリするほど面白い話が色々とあるんですが、具体例については、生涯、触れることはないでしょうね。
ただね、個人的な主義主張やエゴじゃなくて、ちゃんと社会全体という視点から捉えてもらえれば、成功哲学っていう代物の意図や仕組みは、どなたでも理解してもらえると思うんですが、いかがなものでしょうか……。
◆連邦準備銀行FRB
FRBの形成過程。
興味があればネットとかではなくて、文献を調べてみて下さい。
むかーしから、本当に昔から、これは指摘され続けてきたことなんです。FRBには100年近い歴史がありますが、危険な成立過程を公表しようとする動きにも100年近い歴史があります。
ここのところ、欧米の識者を中心にして、かなり緻密なFRBを取り巻く金融の歴史書が出始めてます。深いところで盛り上がってます。
ただし、だからといって、どうしようもないんですけどね。ぼくは完全に諦めちゃってます。
そのうち書いてみます。
◆信用創造
中世。
ようやく金融業という産業が芽生え始めた頃――。
現代で言うところの『信用創造』は、犯罪以外の何ものでもありませんでした。
ところが、今では資本主義の根幹です。
どうしてこうなったのか、考えてみたことがありますか?
ほとんどの方は、空気のように当然のことと考えていて、何の疑いもせず受け入れていると思うんですよ。
しかしこれほど精緻な仕組みが、自然発生したわけがない。存在して当然と考えるのではなく、なぜ、どうやって、誰のために信用創造が創られたのか、ちょっと考えてみて下さい。
仮に、信用創造が資本主義経済を促進させる素晴らしいものだと仮定して、あったらあったで良しとしましょう。だったら、その利益はぼくたちに広く行き渡るべきもの――究極的には国庫に入るはずですよね? しかし信用創造で生み出される巨万の富は、国家のものではないのです!
ただし、現行の経済システムを擁護するとすれば、これ、止めようと思ったところで既に止められません。
行くところまで行きましょう。赤信号、みんなで渡れば怖くない。
大半の人が一緒に不幸になれば、それほど絶望感を抱くことはないでしょう。
そのうち気が向いた時に、つらつらと書いてみます。
◆財閥
ロスチャイルド財閥は有名ですね。それからロックフェラー財閥、モルガン財閥などなど。いわゆる「above the law(法の上にいる)」な方々です。
作中ではブランフォートという名称を使いました。
実は次回作の主役的な人でもあったりします。(出版日はわかりません)
率直に言って、みなさん人間を信じてる方って多いと思うんですよ。悪い部分はあったとしても、何だかんだ言って信じてると思うんですね。すべての人間は法の下に平等であるはずだと、みなさん根本のところでは信じてる。幾らかミスはあるかもしれないけれど、社会は正しく運営されていると、みなさん根本のところでは信じてる。(これもひとつの成功哲学でしょうか……?)
そういう基本的な常識から、支配層や社会に対する誤認が始まるんだとぼくは考えています。
次回作が出た後に、当たり障りない範囲で書いてみたいことがあります。
◆その他
えーと、もっとたくさん色々あったと思いますが……あとどんなことありましたっけ。後でチェックしておきます。
◆まとめ
なんだか取り留めもない話になってしまったかもしれません。
超乱文、申し訳ない。
場合によっては、別途、SSガールをきちんと解説するようなモノを作ってブログにアップしてみてもいいんですけどね~。
物凄い分量になりそうなんで、そうっすね……ある程度SSガールが売れたらということにしましょう。需要があるかどうかわかりませんが(笑)
今後出していく小説も、解説したら別の側面から面白い原稿が創れそうなものが色々あると思うので、もし販売数が一定に達したら、興味ある方向けに、そういうのを書いてみるということでいきましょうか。
う~ん、少ないけど実売○○くらい?(笑)
2009/9/3 12:12AM
突然ですが、幽霊や超常現象って信じますか?
ぼくは信じてません。
基本的にぼくはリアリストだと自認しており、非現実的なことはまったく信じない性格です。
幽霊を見たことはありませんし、信じたこともありません。
そんなぼくも、たった一度だけ、不思議な体験をしたことがありました。そんな話を書いてみます。
大学の入学式があまりに退屈だったので、辺り構わず前後左右の人たちと会話していたら、3人の友人ができました。
すぐに彼らと親しく会話を交わす仲なり、それなりに情報交換をしたりしていました。特にぼくは大学にまったくといっていいほど行かなかったですし、サークルなどにも入らなかったので、彼らがもたらす情報は貴重でした。
ある時、その友人1人が家に泊まりにきて欲しいと言うのです。ここではAとしましょう。
話し声は逼迫した様子でした。
Aが語ったところによると、深夜、隣の部屋からのうめき声と、壁を激しくかきむしる音を聞いていて、まったく眠れなかったのだそうです。それはそれは、腹の底からこみ上げてくるような、塗炭の苦しみの響きだったらしいです。ちなみにAと隣室の声の主は、ある程度の会話を交わすような、友達に近い関係だったと言います。
Aの住んでいたアパートは壁が薄く、前後左右の音がほぼ筒抜け状態で、隣の部屋からの音自体は珍しいことではありませんでした。実際、Aの上の部屋に住む男子大学生が、ほぼ毎日のように女の子を連れ込んでくるため、その不届きな音にAは苦しめられていました(笑)
そのため、隣室の苦悶の声に「うるさいなぁ」と思った程度だったと言います。
しかし早朝、念のためAが隣の部屋に出向いてチャイムを押してもノックしても、何の反応もありません。仕方なくAが大家さんを呼んで事情を話したところ、大家さんは隣室のカギを持ってきて、Aと一緒に部屋へ入ってみたのです。
すると、なんと隣室の大学生が死亡していました。だから第一発見者はAと大家さん。死因は肥満だったそうです。
そんなことがあった当日、怖くなったAが、泊まりにきて欲しいと頼んできたのでした。
ぼくも含めて、入学式以来の付き合いのあった3人が集まりました。しかし、ぼく以外の2人は翌日すぐにバイトがあったので、泊まるのはぼく1人だけとなりました。
皆が集まったのは真っ昼間でしたが、どうもAの様子が不自然なのです。快活に話しかけてくると思えば、次の瞬間にはボーッとなっていたり、空ろに目を彷徨わせていたりするのです。
他の友人たちもAの様子に戸惑い、これは何かあるのかもしれないと不安を感じ始めました。
そこで友人の一人が、近くの神社に行ってみようと言い出したのです。神主さんにでも事情を話し、必要ならばお祓いなどを行ってもらおうと思ってのことでした。Aも素直に同意します。
すぐに皆で最寄りの神社へ出向いたのですが、鳥居が視野に入った瞬間、Aの足がピタリと止まってしまいました。途端にAは首を振り始め、「やっぱり行かない」と言い出したのです。
神社はもうすぐそこですから、ぼくらは皆で引っ張って連れて行こうとしました。しかしAの足が地面に張り付いてしまったように、まったく前に進まなくなってしまいました。男3人が引っ張っても動かないのですよ?
押しても引いても岩のように動かないAに業を煮やし、ぼくらは神社に行くことを諦めました。この時点では、どうしても神社に行かなくてはならないとまでは思っていなかったものですから。
仕方がないので近所で食事をして、カラオケに行ってA宅に帰り着きました。カラオケでは、Aが突然、ビクンと席を立ったかと思うとすぐに腰掛けたりなど、おかしな行動が目立ちました。
そろそろ夜に差し掛かってきて、他の友人2人は帰ってしまいます。
正直なところ、さすがにぼくは怖くなっていました。生まれてこの方、幽霊など一度も信じたことがないぼくですが、これはヤバイのかもしれないと思い始めていたのです。
夜が更けるにつれて、Aはますます挙動不審になっていきました。Aが、突然固まってしまうのです。移動している最中に固まり、何か作業している最中に固まり、不思議な格好で、時々固まってしまうのです。徐々に固まる時間は長くなっていきました。
終いには、あまりに長く固まり始めたので、ぼくはAを動かす方法を色々試してみました。すると、「ワッ!」などと大声を上げて活を入れてみると、Aはビクンとして、また元の動作に戻ることを発見したのです。だからAが固まる度に、ぼくは活を入れ続けました。そんなことを幾たびも繰り返します。
Aとたった2人でアパートの室内に取り残されたぼくは、さすがに帰りたくなり、Aに帰宅したい旨を伝えました。すると、Aの形相が変わり、Aは台所(といっても、アパートの台所ですから、玄関口と部屋の間にある狭い空間に備え付けられたボロいキッチンです)に素早く移動したのです。
そしてAはキッチンから矢庭に包丁を取り出し、仁王立ちの格好でぼくを見据えました。
さらにAは、恐ろしい口調で言い放ったのです。
「3時に来るぞ……」
正直、何が3時に来るのかわかりません。まったく何が何だかわかりません。
しかしぼくは、全身に鳥肌が沸き立つ恐怖を感じました。
Aが立ちはだかっている場所は玄関口に続く場所ですから、部屋から出たくても出れないのです!
ぼくはAに再び大声で活を入れ、しきりに落ち着くように促すと、Aは静かに包丁をキッチンにしまいました。しかし、その場を動いてくれません。どうやらぼくを、決して逃がすまいとしているようです。なんだかもう挙動まで怖い。
Aをあの手この手で説得したのですが、まったく様子が変わりません。
仕方なく備え付けてある電話を取って110番しようと思うと、Aは「無駄だ」と言います。何が無駄なのかわからないのですが、電話を取ってみると、聞こえてくる音が「ツーツーツー」という音だけ。これマジなんですよ。今から振り返れば、事前にAが電話の線を切っていたりしたのかもしれませんが、真相は不明です。まさか何らかの超常現象によって電話が通じなくなったとまで思うことはできません。わかりません。
とにかく、外部へ連絡することもできず、部屋から出るにはAを押しのけて出なくてはならない。Aはキッチンの真横に立っていて、無理に押し通ろうとすれば、再び包丁を出してくるかもしれません。しかも、昼間に神社へ引っ張って行こうとした時の力を考えると、勝つことは難しそうです。
絶望的な気持ちになりました。
もしかしたら、ここで死ぬのかもしれないとすら思いました。
時間だけが過ぎていきます。電話と違ってテレビは付きましたから、テレビを見ながら、ぼくはただ行儀良く座っていました。Aは何やら動いているのですが、玄関前を決して離れようとしてくれません。
本当に怖かった。喉がカラカラに渇き、背筋が凍り付きました……。
たしか23時を少し過ぎたくらいだったと思います。さすがにこの状態で一泊することはできません。ましてや、3時まで待つなんて自殺行為ではないかと焦り始め、この状況を切り抜ける手段を模索しました。
ふと助けを呼ぼうとして窓から外に目を向けた瞬間、「そうだ、いっそのこと窓から飛び降りてしまおう」と思いました。2階でしたが、幸いに下は土。一度窓からぶら下がるようにして、そこから手を離して飛び降りれば、骨折したり足を痛めたりするほどのことはないかもしれないと検討をつけました。
次の瞬間には既に、矢も盾もたまらずに窓を開けて、一気に外へ飛び降りていました。この瞬間のことは、よく憶えていません。しかし幸いにも、足を痛めることはありませんでした。
気づいたら叫んでいました(笑)
住宅街の中を裸足のまま、全力疾走で逃げていました。
A宅を振り返ると、Aが窓からこちらをジーッと見ている影が見えて、再び叫んでしまいました。深夜に住宅街を気勢を上げながら裸足で走っている男なんて、今考えれば超危険人物です(笑)
裸足のまま電車に乗り、とにもかくにも自宅へ逃げ帰ることができました。裸足での移動はかなり恥ずかしかったです。
しかし自宅にいるのも怖くて、靴を履いてすぐ、他の友人の家へ転がり込みました。
1週間ほど友人の家を転々としました。
この頃、個人的にウェブの受託開発の仕事を請け負っていたりしたのですが、もうそれどころではありません。おかげで納期が遅れてしまった先があり厳しく叱られましたが、Aがいつ目の前に現れるか恐ろしくて、仕事どころではありません。(後日、納期が遅れたお詫びとして無償で納品しました)
A宅へ一緒に行った2人と相談すると、2人とも絶対に何かおかしいと思っていたと言います。ぼくも確かに不自然だと思っていましたが、その友人ら2人ほど異様な感じを受けていなかったので、本来ならぼくには縁のない世界なのかもしれません。
この頃を境に、ぼくは大学へ行かなくなりました。もともとあまり行っていなかったのですが、ピタリと止めてしまいました。
あくまで理由は仕事が忙しくなってきたからなのですが、深層心理ではAの事件があったことが影響したのかもしれません。
一方のAも、以降、誰も大学で姿を見かけたことはありません。
友人らと相談して、有志を募ってA宅へ行ってみる案もあったのですが、誰も行きたがりませんでした。とりわけぼくは殺されかけたと考えていたので、出向くことは憚られました。Aの親御さんの連絡先など誰も知らないし、このあまりにアホらしく聞こえる話を一体誰に相談したら解決するのかと。
結局、今に至るまでAを見かけた人は誰もいません。
包丁と聞けば、ひぐらしと思われるかもしれませんが違います。Aがドッキリのようなことをやっていたんだと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
これ、正真正銘、本当にあったことなんです。
もちろんぼくは幽霊を見たわけではありませんし、ポルターガイストのように物体が宙を浮いたりする場面を見かけたわけでもありません。隣人の死亡など何の関係もなく、Aがある日を境にして気が触れてしまっただけだと言われれば、その可能性がゼロとは言いません。よくわからない状況に遭っただけですから、「幽霊を信じているか?」と聞かれれば「ノー」と答えます。
昔、テレビで「あなたの知らない世界」とかあったじゃないですか。
ああいうのは、子供だったので面白半分で楽しめたのですが、まったく信じていませんでした。もちろん今でも、アレはあまりに誇張されたストーリーには違いないのですが、それでもまさか自分が近い体験をするとは思いもよりませんでした。
どうしてこんなことになったのか。
Aが不自然な行動を取るようになったことで、そのことの怒りから、もしかしたら知らぬままぼくは死者を冒涜してしまっていたのかもしれません。そこで亡くなられた隣の住人の方が怒ってしまったのでしょうか。
といいますか、大前提としてそんな死者話や霊魂がどうのなんてことを、ぼくは信じていないのですけどね。しかし、まったく信じていないぼくの目の前で、こんなことがあったのもまた事実。
妙なオチとかありませんから! 嘘でしたみたいなオチは無し!
本当なんですって。
自分の中でも、未だ整理が付いていない出来事です。
いやはや何だったのか、今でも謎のままです。
……うわ、一度読み返してみたら長ッ!
長文書くつもりはなかったんだけどなぁ……。